日本で最も活動的な火山のひとつである桜島(鹿児島市)をフィールドに、現在の活動状況や過去の噴火履歴に基づき火山活動に対する理解を深めてもらうため、平成30年3月4日から9日までの5日間、桜島フィールド実習を行いました。実習には本コンソーシアムに参画する全国7の大学から地球物理学や地質・岩石学、地球化学を専攻する大学院生(修士過程)12名と教員8名が参加しました。一行は3月4日に現地入りし、2日目に桜島の火山に関する講義と巡検を全体で行いました。3日目以降は火山学に関連する他分野への関心や理解を深めてもらうことをねらいとして、地球物理学コース班(6名)と地球化学コース班(6名)に分かれ、普段の専攻とは異なる分野で講義並びに活火山現場での野外実習を行い、5日目に全体で発表会を行いました。
はじめに井口正人教授(京都大学防災研究所火山活動研究センター)が「桜島の火山活動~その多様性~」と題して、桜島における大正噴火(1914年)以降の多様な噴火活動の成因やメカニズムを観測に基づいて明らかにする研究について解説しました。1955年以降の南岳活動期や昭和火口噴火活動期、さらに最近のマグマ貫入イベントや南岳の活発な噴火活動が、地震・地殻変動などの観測によってどのように捉えられるかを紹介しました。
次に、中川光弘教授(北海道大学大学院理学研究院)が「桜島の地質岩石」について概論を講義しました。桜島は約29,000年前の大噴火で姶良カルデラを形成した姶良火山のひとつで後カルデラの火山活動であることや、約26,000年前の誕生以来どのような活動を経て現在の状態に至るかを解説しました。また、桜島は大規模な噴火と休みを繰り返す活動を経て、20世紀頃から、毎日のように噴火し続けている現在のような活動になっている時間変化を示し、火山は時期によって噴火の様子を変えることを説明しました。
続けて伴雅雄教授(山形大学 理学部 地球環境学科)による巡検ガイダンスを受けた後、午後から中川教授と伴教授の指導の下、巡検を行いました。桜島は活動中の火山のため、火口には近づけませんが、噴出物が新しいという特徴があり、巡検ではその特徴を見ることができました。
巡検では、はじめに北岳の4合目に位置する湯之平展望台を訪れました。残念ながら天候・視界不良で、大正噴火の溶岩流の広がりと北岳の関係については確認することができませんでしたが、姶良カルデラと桜島の関係については眼下に眺めることができました。
次に黒神地区にあった腹五社神社の埋没鳥居を見学し、もともと高さ3mあった鳥居が大正噴火の後たった一日のうちに大量の軽石や火山灰で埋め尽くされた痕跡を間近に見ました。また、大正噴火による降下軽石の露頭も観察し、実際に軽石に触れました。
続けて奥山産業の協力の下、黒神南採石場において、天平宝字(764年)溶岩の上位に文明噴火(1471~1476年)、安永噴火(1779~1782年)、大正噴火と時代の異なる噴出物が累重しているようすを観察し、それらをひとつずつ地質学的に解析することで、噴火の歴史がわかることを学びました。
その後、有村溶岩展望所において、新しい溶岩である大正溶岩と昭和溶岩(1946年)と古い溶岩の地形や、植生の違いを観察しました。また、ここ10年間で噴出した火山灰や噴石が残っているようすも見ました。
最後に、大観橋下の海岸において、安永溶岩、大正溶岩、昭和溶岩と、三つの時代の溶岩が一箇所で見られることを観察しました。このほか、別日に桜島国際火山砂防センターや桜島ビジターセンターの展示も見学しました。
地球物理学コース班は、火山活動を評価する上で現在最も有用な情報のひとつである、火山性地震や微動の観測をテーマに、講義並びに活火山現場での野外実習を行いました。
3月6日は中道治久准教授(京都大学防災研究所附属火山活動研究センター)が「地震観測概論」の講義を行い、日本の火山における地震観測の歴史や現在の地震観測網、現在よく用いられている地震計の種類について説明しました。次に桜島火山観測所独特の火山観測について紹介し、データの取得方法や解析方法を解説した上で、桜島周辺で起こっている地震について説明しました。
講義後は、火山における地震観測方法のうち、地震計アレイ観測の実習を行いました。地震計アレイ観測とは、ある程度の広さの場所の中に複数の地震計を設置し、地震波の到来方向や速度を調べることで、地震の発生源の位置を推測する方法です。中道准教授から地震計やデータロガーの使用方法について説明を受けた後、地球物理学コース班は南岳山頂から東に約4.3kmに位置する京都大学黒神観測点に移動し、中道准教授と為栗健助教(京都大学防災研究所附属火山活動研究センター)による指導の下、地震計を設置しました。翌日以降は地震計から得られたデータを解析し、地震発生源の位置を求めました。
3月7日は西村太志教授(東北大学大学院理学研究科 地球物理学専攻)が「地震計の原理」について講義を行いました。火山性地震や微動の観測によってわかることや、測定には常に誤差が付きまとうこと、その信頼性を上げるためにどのような観測やデータ解析をすればよいかについて、基本原理を解説しました。
地球化学コース班は、火山活動の評価をする上で重要な観測項目である火山ガスをテーマに、講義並びに活火山現場での野外実習を行いました。
3月6日は森俊哉准教授(東京大学大学院理学研究科 附属地殻化学実験施設)が「火山ガス放出率観測」の講義を行いました。火山ガスの組成・放出量が地下にあるマグマの状況を反映して変化するために火山ガスは火山現象を理解する上で重要な情報源であること、特に火山ガス放出率の主要観測対象である二酸化硫黄の放出率測定方法について詳しく解説しました。
実習では、森准教授と森田雅明研究員(産業技術総合研究所 火山層・火山研究部門 マグマ活動研究グループ)の指導の下、紫外分光計を用いて二酸化硫黄放出率のトラバース観測を行いました。3月7日に、分光計を真上に向けた状態で車に貼り付け噴煙の下を通過することで噴煙の断面の二酸化硫黄濃度分布を測定し、測定で得られたスペクトルを翌日にかけて解析しました。
また、地下から上昇してきた火山ガス成分が、噴気などを伴わず土壌ガスとして拡散的に放出される「拡散放出」について、森田研究員が解説しました。実習では、掘れば天然温泉が湧き出す有村海岸において、土壌からの二酸化炭素の拡散放出量をチャンバー法によって測定し、得られたデータを宿に戻って解析しました。
最終日の3月9日には、実習内容をまとめた発表会を行いました。地球物理学コース2班と地球化学コース2班のグループに分かれて3日間の実習の成果を口頭発表し、各班の発表に対して活発な質疑応答が交わされました。また最後には、受講生による感想発表と、教員による講評が行われました。
皆さんの世代は自分で観測せずとも誰かが取ったデータが大量にあり、それをコンピュータで処理すれば結果が出ることに慣れていると思う。今回の実習で観測装置を設置してデータを読み取り、数字の背景や誤差を実感できた経験をきっかけに、誰かが取ったデータの背景や誤差まで考える習慣が付くとよい。また、修士過程でも狭い分野に研究が特化されていると感じたので、今回のような機会を活かし、研究の幅を広げてほしい。
今回の野外観測では想定通りに装置が動かないトラブルが起こり、事前確認の重要性を私自身改めて痛感した実習だった。皆さんにも今回のように予期せぬトラブルが起こりうることを頭の片隅にとどめてもらい、実際に自分で観測を計画する時には万全の準備で望んでもらいたい。
今回の実習では、どこで火山ガスを測るか、皆さんに戦略的な側面から考えてもらった。観測は準備が大変で、風向やバッテリー切れなど条件の悪さはいくらでもある。限られた条件の中で如何によいデータを取れるかに頭を使ってもらうことができた有意義な実習だったと思う。
皆さんがチームワークよく活動していたことが印象的で、心強く思った。私は本プロジェクトで様々な研究分野の方が連携して火山研究を行うための仕組みづくりを考えているが、まさに本実習は異分野の学生同士で連携して取り組む機会であり、それを火山研究コミュニティ参加の早い段階でできることは皆さんの今後の財産になる。
様々な条件が重なる中で地震波形を読み取る難しさを体験できたことは重要。その中で精度を上げるにはどうすればいいか、得られた観測結果からどこまでが言えて何が言えないか、誤差をどのように評価するかは、地球観測全般で必要になる。火山観測には様々な要素が入ってくるため、大枠から入り厳密に精緻化していくことを意識してほしい。
隣接分野を学ぶことも大切だが、誤差や時系列のデータをどう定量的に読み取るかなど、今回の実習で実施したことは、分野問わず自分の研究に直接的に活かせることが多いと感じた。次のステップでもそのような点を意識してもらうことで、各自の研究がどんどん豊かになっていくと思う。
皆さんの観測で、数字がきちんと出ていたことに感心した。これからの科学は量が大切になる。我々が学生だった頃の地震学は、マグニチュードに1、2、3、4、5、6、7しかないように、一桁レベルで議論できればよい時代だったが、今は実習レベルの観測でもよい値が得られるようになっている。逆に言えば、皆さんには観測した量について敏感になってほしい。特にこれからの火山研究には専門分野のみならず他分野との連携が必要と言われており、その時に量が非常に重要になる。そこで絶対値を把握していなければ、それが多いか少ないかがわからないので、今後、数字に対して注意を払って進めてほしい。それによって次世代の火山学の礎ができてくると思う。